チャトラ(お題:「祭り」「トラネコ」「紅葉」)

  • 2010.11.19 Friday
  • 19:56

「じゃあ、ここでチャトラのためにお祭りをしよう」

 と、順君は静かに言った。

「チャトラが死んだのに、お祭りなんて気分じゃない」

 あたしはしゃくりあげながら、順君をにらんだ。

「順君は、チャトラが死んで嬉しいの?」

「悲しいよ。だからお祭りをするんじゃないか」

 と、順君は言った。

 ずっと一緒に暮らしていたトラネコのチャトラがいなくなったのは、昨日の夜だった。ご飯の時間になっても帰ってこなかったし、朝になっても皿の中のご飯は減ってなかった。チャトラが遠出して3日くらい帰ってこないことは、よくあることだったけれど、あたしは何だかそのとき妙に胸騒ぎがして、家の周りを必死で探した。順君も呼び出して、チャトラの名前を呼んで、町中を一緒に探した。

 チャトラはどこにでもいる雑種の猫だから、別の猫と何度も間違えそうになった。でも、順君がそのたびに、あれはチャトラじゃないよ、と言ってくれた。本当にそうだった。順君が止めてくれなかったら、知らない猫を抱えて帰るくらい、あたしは混乱していた。

 家の軒下で固くなっているチャトラを見つけたのは、順君だった。順君は、固く冷たくなっているチャトラをタオルでくるむと抱え上げた。

 あたしたちは無言のまま、近くの山に入って、木洩れ日の当たる柔らかな土の場所にチャトラを埋めた。いつも熱心に整えていた毛皮が泥で汚れているのを見ると、あたしはついに泣いてしまった。土をかけるのも順君が1人でやった。丁寧に、ひとすくいずつ、土がかぶさってチャトラが見えなくなるのを、あたしは泣きながら見守った。  

「お祭りは、楽しく騒ぐときだけじゃなくて、死んだ人の魂をとむらうためにもするんだって、おじいちゃんが言ってた」

 とむらう、という聞きなれない言葉が、あたしの胸の中にやさしくしみこんだ。

「だから、チャトラのために僕たちがここでお祭りをしよう」

 あたしは順君の手をにぎって、しずかにゆっくりとうなずいた。

 それから二人で手分けして、きれいな石と木の実をあつめた。花をつんできてお供えした。歌をうたおう、とあたしが言って、学校で習った歌をうたった。チャトラが静かに天国に行けますようにと思って一生懸命に歌った。なんだかお祭りっぽくない歌だったけれど、順君は何も言わなかった。

 夕日が目をつきさした。見上げると、真っ赤な紅葉があたしたちを包んでいた。まるで火の中につつまれているようだと、あたしは思った。

<了>

都会ウサギと四葉のクローバー

  • 2009.08.24 Monday
  • 01:21

 物心ついたときから、俺は都会で一匹で生きてきた。小さいときは、カラスに襲われそうになったり、猫に食われそうになったこともあったが、体が大きくなった今は、そんなこともなくなった。車に引かれないコツも覚えた。犬だけは怖かったが、首から伸びている紐の長さを見誤りさえしなければ、吠えられるだけで実質的な害はなかった。

 普通、都会にウサギはいない。情報通のネズミから聞いたことによると、ウサギというのはたいてい野原にいるらしい。野原というところは、柔らかな土というものに覆われていて、そこからにょきにょきと新鮮な草がいっぱい生えている天国のようなところらしい。ああ、地面から食い物! 想像しただけで、俺の鼻はひくひく動く。人間の食い残しじゃなくて、とれたての緑の葉っぱ!

 そのとき、本当に葉っぱのいい匂いがした。俺は鼻を動かし、辺りを探索する。道に一枚だけ葉っぱが落ちていた。しかも大好物のクローバーだった。

「それ、四葉だね」

 見上げると、二階の窓に黒い猫が寝そべっていた。一瞬、身構えたが、猫は俺には興味がなさそうだった。でっぷりと太っている。食べ物も遊び道具にも不自由してないのだろう。でも、だからといって、まるきり無視して怒らせたらどうなるか分かったものじゃない。俺は、クローバーをくわえると、顔を上にあげて猫に向かってよく見せてやる。

 猫は尻尾をぱたぱたさせて言った。

「四つあるのを見つけると人間は喜ぶんだよ。幸運のしるしだとか何とか言って」

 確かに葉が四つあった。いつもより一枚よぶんに食べられるのはラッキーだ。だが、人間が喜ぶかどうかは、俺にはまったく関係ない。

「食べるのか?」

 当たり前だ。俺がうなずくと、猫がにやにやして言う。

「食べると腹は満ちるけど心は満ちない。人間にやれば腹は満ちないけど心は満ちる」

 一体どういうことだろう。腹が減ったままで、心という何だか得体の知れないものが満ちたところで、何の得があるというんだろう。

「心が満ちると、ふわっとするんだ。いいものが体いっぱいに広がって、気持が大きくなるんだぜ」

 猫は伸び上がり、鈴を鳴らして部屋の中へ去っていった。

 俺は四葉のクローバーを、まじまじと見る。飼い猫のたわごとなんていちいち聞いてられるか、と思ったが、食べることはしなかった。四葉をくわえて、ぴょんぴょんと走っていく。歯に茎があたって、汁がわずかに口の中に広がった。青い甘い野原の味。鼻の先には、いい匂いの丸い葉っぱが揺れている。よだれが出たが、それでも俺は、食べずに我慢した。

 やがて、小さな路地のドアの前にたどりついた。そこはカフェだった。ときどき俺に店の残り物をくれる女の子が、一人でお店をやっている。

 中から足音が聞こえてきた。俺はいつものように姿勢をただすと、四葉のクローバーがよく見えるように顔をあげて、女の子が特製サラダを持って出てくるのを静かに待った。 <了>

 

  • 2009.03.02 Monday
  • 22:00

 ここ数日のあたたかさに油断して、薄着で外に出てしまった男は、三月の気まぐれな天気を呪いながら、粉雪の混じる風の中、自転車をこいでいる。ジャケットの衿をたて、身を縮めながら、少しでも早く自分の部屋に辿り着こうとしていた、はずだった。

 ふと、男は自転車から降り、通り過ぎたばかりの道を振り返った。そして、そのまま立ち尽くす。彼の視界を占拠しているのは、一人の女の後姿だった。彼女は男の知り合いではない。どころか、自転車ですれ違う一瞬で、男は彼女の顔を充分に確認できなかった。ちらりと見ただけだった。それなのに、男は自転車を止めた。少しずつ遠ざかっていく彼女の後姿に、視線を釘付けにされていた。

 女の歩く様子が美しかった、と言えば簡単だ。だが、美しいだけならわざわざ立ち止まらない。男が自転車を止めたのは、その後姿に、得体の知れない胸騒ぎがしたからだ。

 男は、持っている集中力全てを聴覚に割り当てて、耳をすます。コッツン、と靴音が聞こえた。彼女の靴音だった。少しでも気を抜くと他の人間の足音にかき消されそうになる。しかし、すぐに、男は彼女の足音だけを聞き分けることができるようになる。

 無数の足音の波の中で、ただ一つ彼女の足音だけがリズムを乱している。いや、乱しているのではなく、リズムを「生み出して」いる。拍動のように、繰り返される音。コッツン、コッツン。

 彼女の右足が前へ踏み出される。その動きにつられるように左足もひらりと持ち上がるが、それは決して右足より前に出ることはない。右足が地面を叩くコ、という音と、左足がその横に添えられる控えめな音。

 足が悪いのだろうか。それは違うだろう、男はすぐに自分の思い付きを否定する。コッツン、コッツンという歩き方は、軽やかで華麗だった。それに、細いが繊細な筋肉を注意深くまとった二本の足は、ダンサーのように完璧で健康的だった。

 遠ざかっていく彼女を眺め続けていた男は、突然気が付いた。彼女の靴のヒールの高さが左右で数センチ違うことに。

 そのとき、彼女が雑踏の中で立ち止まった。男は緊張する。彼女は今にも踊りだしそうでもあったし、同時に、今にも倒れて二度と動かなくなってしまいそうでもあった。

 彼と彼女の間を群衆がざらざらと通り過ぎていった。


 

  • 2009.02.16 Monday
  • 23:08

 仕事帰り、そのカフェの窓際のテーブル席に座り、夕食代わりのサンドイッチとコーヒーを注文するのが彼女の日課だった。顔を横に向けて外を見ると、目の高さに黄色い四角と黒いシルエットが浮かび上がっている。向かいの建物の窓だった。彼(そう、シルエットは若い男だ)はいつも、窓の前に座って、一杯のコーヒーをしみじみと飲んでいる。表情までは見えないが、彼の飲むコーヒーはとても美味しそうだ。彼女は、対抗するようにサンドイッチにかぶりつく。

 その日は仕事が長引いて、店に辿り着いたのが随分遅かった。彼女はまず、外を見て窓が光ってないことに落胆した。それからいつもの席に目を移し、椅子の一つが誰かに占拠されていることに気がついて、さらに落ちこんだ。いくら彼女がその席にこだわっているとはいえ、見知らぬ人と相席する趣味はない。

 最悪な夜、と気短な彼女は早々と結論づけて帰ろうとしたが、ふと足を止めた。

 コーヒーを飲む様子に見覚えがあったからだ。

 見知らぬ人と相席する趣味はないが、見知らぬ人でなければ話は別だ。

 彼女は、やや緊張しながらいつもどおり窓際の席に座って、サンドイッチとコーヒーを注文した。目の前に座っている男は、彼女を見て微笑み、それから外を見た。

「部屋の電気を付けてくればよかった。ここからどんなふうに見えるのか、見てみたかったのに」

 つられて、彼女も横を向いた。電気が付いていない窓は、闇と区別がつかなかった。

 彼女は小さく咳払いをし、声を潜めて告白した。

「あのね、わたし、あなたがそんなに格好いい人だと思ってなかったの。裸眼で視力0.3だから」

 彼は笑って、

「俺は2.0だから全部見えてたよ」

 と、言った。彼女は耳まで赤くなった。サンドイッチが運ばれてきて、湯気の立つコーヒーが彼女の前に置かれた。どうぞ、と促されて彼女はサンドイッチを手に取った。その左手を黙って見ていた彼は、あれ、と呟いた。

「2.0だけど、それは見えなかったな」

「だって、今日付けたんだもの」

「それはおめでとう」

「どうもありがとう」

 彼女は少々やけくそ気味に大きな口を開けて、サンドイッチにかぶりついた。

 彼はいつも窓の向こうでしていたように、一冊の本を広げてゆっくりと読み始めた。

 口の周りを拭ってコーヒーを飲み干すと、彼女はもう一度、外を眺めた。真っ暗だった。あの窓の四角い光がないせいで、どこまでも遠く吸い込まれていくように思えた。

橋の下

  • 2008.12.24 Wednesday
  • 17:17

「どうだ、釣れるか」という言葉に、僕は今、自分が釣りをしているのだということを思い出した。釣竿を握ったまま川を眺めているうちに、随分とぼんやりしていた。

 顔を上げると、一人の男が立っていた。日に焼けた顔には、深い皺が刻まれていたが、顔一面を覆う髭のせいで人相も年も分からなかった。風向きが変わって、むっとした体臭が漂ってくる。僕は、男を無視した。釣れていないことは訊かなくたって分かるだろう。そもそも、釣った魚を入れるはずのバケツだって用意していない。餌は魚肉ソーセージだが、まだ針についているのかどうかも疑問だ。

 釣れても釣れなくても、どうでもよかった。暇なら釣りでもやったらどうだ、と、道具一式を友人からもらったから、近所の川に出てきたのだ。要はその友人が捨てる手間を省くために押し付けられたのだが、暇じゃない、と反論するのもむなしかった。今の僕は無職だった。

「釣れたらどうするんだ、食うのか」

 無視したのに、男はさらに話しかけてくる。気持悪くて餌も買えなかったのに、魚がピチピチと地面で暴れているのを掴むことなんて出来るわけがない。ましてや食べることなんて。

「ここの魚は、食ってもまずいぞ」

 男はそう言って、川を見つめた。彫が深く、案外精悍な顔をしていた。僕もつられて川を見る。澱んだ黒い流れだった。

「食わない」

 と、僕は答えた。男はにやりと笑った。黄ばんだ歯が覗いた。

「じゃあ、釣れたら俺にくれ」

 男は、一つ向こうの橋の下を指差して、あそこに住んでるから、と言った。分かった、と頷けば、男は立ち去るかと思ったのに、上機嫌になってさらに喋り続ける。僕は、釣竿を見つめ、釣りに集中している振りをして、男の言葉を聞き流そうとした。

「俺は嘆かないで生きていくことにした」

 僕は初めて男を正面から見すえた。どういう話の流れで、その言葉が出たのか分からなかった。

「今年の冬は寒いそうだ」

 また、唐突に男が言った。

「俺が死んだら、嘆いてないか、お前に確認してほしい」

「嘆いてないか、確認する?」

 僕は男の言葉を取りこぼさないように、慎重に繰り返す。

「そう、俺の死体が嘆いてないか、確認してほしい」

 俺の死体、僕は男のセリフを頭の中で繰り返したが、口には出せなかった。ほら、引いている、と男が言った。竿の先に目をやると、ぴくりとも動いた形跡がなかった。再び目を戻すと、男の姿は既に消えていた。 

 ■□■

「美しい死とは何ぞ」多摩川のほとりの野辺に潰れた骸 /蜂子

-------------------------------------

※蜂子さんの短歌から想起した掌編小説です。

  蜂歌/Hello!Mr.Darkness. http://song4joy.jugem.jp/

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM