訪ねる男

  • 2012.12.03 Monday
  • 11:34

 小さな包みを胸に抱き、男は、どんな香りでも作り出すという調香師の住む家の門をくぐった。彼はこのために北の町からはるばるやってきた。七十年間の人生で初めて飛行機にも乗った。

広い庭には、さまざまな植物が茂っていた。種類の違う木々が一本ずつ並び、幹から樹液のようなものを採取する容器が結びつけてある。風が涼しげな甘い匂いを運んできた。顔を上げてあたりを見渡した彼はすぐに、大量のバラが咲き誇っているのを見つけた。風に香りがあるということを久しぶりに思い出し、ずいぶん遠くまで来たと今更のように思った。

 調香師は彼をあたたかく迎え、無数の小瓶が壁一面に並ぶ部屋に案内した。

 彼は座るなり包みを解いた。中から色褪せた赤い布が現れた。

「これは、亡くなった妻が着ていた服です。先日、部屋の整理をしていたら偶然出てきました。彼女がつけていた香水の香りがまだ残っています。でも、香りはやがて消えてしまうでしょう。その前に、この香りと同じ香水を手に入れたいのです。妻がつけていた香水が何という名前だったのか、今でも存在しているのか、私には全くわかりません。でも、あなたなら分かるはずです」

 調香師は、服を受け取った。目をつむり、まるで祈りをささげるかのように顔を近づけ、長い時間そうしていたが、

「残念ながら、この服にはもう、あなたが言うような香りは残っていません」

 と、静かに言った。

「そんなはずはない。今、まさにこうやって香っているのに」

 ひったくるようにして服を奪い、顔を押し付け、彼は安堵する。長旅のせいで香りが消えたわけではなかった。男の胸の中で、妻のまなざしや笑い声、あたたかな体温がよみがえる。こんなにもはっきりと香っているのに、彼はそれがどんな香りなのかを言葉で表すことができない。もどかしさに、歯噛みをする。

「もう一度、ちゃんと確かめてくれ」

「何度確かめても同じです。わたしにはその匂いを嗅ぐことはできません」

 きっぱりとした調香師の言葉に、彼は絶望して言葉を失った。

「でも、わたしが嗅ぐ必要はありません。なぜなら、その香りはあなたが死ぬまで消えることはないからです」

 調香師は微笑む。

「その香りは、服からではなく、あなたの記憶から香っているのです」

<了>

魔法使いの職探し

  • 2011.09.26 Monday
  • 23:14

 魔法使いと出会ったのは職安の隅にある喫煙室だった。

 タバコをくわえたあとに、ライターを忘れたことに気がついた僕は、煙をむさぼっているガス室の中の面子を見渡した。どいつも職探しがうまくいってないのか、目が血走っていて、声をかける雰囲気ではない。ふと隣を見たら、ひょろりとした若い男が、静かにタバコを吸っていた。

「悪いけど、火を貸してくれないか」

 若い男は、人差し指を突き出した。何の冗談かと思っていたら、僕のタバコにはもう火がついていた。

「ありがとう」

 と、僕は礼を言った。

「このくらい、おやすいごようさ」

 と、魔法使いは言った。

「だけど、こんなもの職探しには何の役にもたちやしない」

 魔法使いは、かわいそうなくらいしょげていた。口から吐き出す煙まで力なく足元に落ちていく。

「でも、君、魔法使いなんだろ? 何のとりえもない僕よりましだよ」

 魔法使いは悲しそうに首を振った。

「空が飛べると言ったら、夜中に出発して朝までに大量の荷物をこの島の南端まで届けろ、それができないならうちはいらない、って言われるし、火や雷をおこせても、火炎放射器や巨大な機械の前では役立たずだ。それどころか、危険人物扱いで、門前払いされる始末。見世物になるってのも考えたけど、いまどき魔法なんて、子供だって見向きもしない」

「せっかくの才能がもったいない」

 と、僕は自分の職がないのを忘れて、心底彼を気の毒に思った。

「どこかに君の能力が生かせる場所はないだろうか。機械や最新技術の出番がない、人の力で勝負するしかないような場所があればいいんだけど」

 僕と魔法使いは黙って考えこんだ。僕がタバコをくわえるたびに、彼が指で火をつけてくれた。しかし、3本吸い終わっても、よいアイデアは出てこなかった。

「思いついたら教えてくれ、俺も君に合いそうな仕事があったら連絡するから」

 と、魔法使いは言って、僕たちは連絡先を交換して別れた。

 1ヵ月後、魔法使いから連絡が来た。

「君のヒントのおかげで職にありつけたよ。君が、まだ探しているなら、何でも好きな仕事を用意してやるよ?」

 魔法使いの口調は自信に満ち溢れていた。そして、ずいぶん気前がいい。この一ヶ月で何があったのだろう。

「いったい君は今、何をやってるんだ?」

 僕の質問に、

「女社長の愛人」

 と、魔法使いは答えた。

<了>

(初出:ザ・インタビューズ

贅沢なカフェ

  • 2011.08.23 Tuesday
  • 14:19

 白く塗られた小さな扉には、クローズドの札が掛かっていて、「しばらく休みます」と書いた張り紙が貼ってあった。電車を三回乗り継いでここまでやってきた彼女は、それを見てもさほど落胆しなかった。張り紙の隅に書かれた日付を見る。休みになってから十日が過ぎていた。そろそろ生まれるのかしら、と、つぶやくと、くるりとカフェに背を向けた。

 その夜、彼女の元にカフェの店主から電話がかかってきた。

「三日後の夜に」

 分かった、と答えて彼女は電話を切る。それから、二人の友人に電話をした。一人は画家で、もう一人は女優だった。ちなみに彼女は小説家だ。電話が終わると、デスクの目の前の壁に貼ってあるカレンダーの三日後の日付に大きくマルをつけた。そして、ずいぶん長い間書きあぐねている新作の下書きを脇によけると、久しぶりに本を取り出し、のんびりと読み始めた。

 三日後、郊外の白い扉のカフェのテーブルに三人が集まった。地方で公演中だったはずの女優も、ちゃんと時間どおりに出席していた。

「このためなら、どんなことしてでも駆けつけるわよ」

 白いドーランと黒々とした目の舞台メイクのまま、女優は、にやりと笑った。

「ああ、楽しみ。今日はどんな料理が食べられるのかしら」

 普段は悪食で、毎日同じメニューばかり食べている画家が甘ったるい声を漏らす。奥の厨房からは何かが焼ける小気味いい音が聞こえてくる。

「それにしても、あの子、この才能を世間に発表したいとか思わないのかしら。本当に、もったいない」

 女優が大げさに溜息をついた。その件については他の二人も同意見だった。こんな小さなカフェの店主が、見たこともない絶品の料理を生み出す天才だなんて、誰が信じるだろう。だけど、仕方がないのだ。彼女は、いつも三人分しか作らないし、同じものは二度と作りたくないのだから。

 いい匂いがただよってきて、空気がさっと塗り代わった。気がつけば、店主が手に白い皿を持って立っていた。三人は歓声をあげて拍手で迎える。室内に、驚きの声と、笑顔と、ナイフとフォークの触れ合う音とが満ちていく。

「こんなに素晴らしいものを、わたしたちだけで楽しむなんて、本当に贅沢だわ。もったいないって、今話してたのよ」

 女優の彼女が言った。カウンターの中に座ってワインを傾けていた店主は、それを聞いて、豪快に笑った。

「いいじゃない、贅沢をすれば。あなたたちって、こんな贅沢に慣れてないのよね。そういうの、貧乏性って言うのよ」

 三人は顔を見合わせる。確かに、少しでも多くの人に知られなくちゃと、がつがつしている自分たちは、才能の貧乏性といえるかもしれない。

 幸福な時間はあっという間に過ぎていったが、小説家はいつまでも料理の余韻に浸っていた。体中の冷たく澱んだものが洗い流され、代わりに、とくとくと力が満ちていく。突然、彼女の頭の中で、一人の人物がくっきりとした輪郭を持って現れ、生き生きと喋りはじめた。ああ、これで書ける。小説家は沸きあがってくる興奮を鎮めるために目を閉じた。そのせいで、テーブルに沈黙が訪れたが、気にする人は誰もいなかった。画家は見え始めた光景を追いかけるために、コーヒーの黒い面を眺めていたし、女優は演じている役の新しい面を発見し、夢中になってセリフを口の中で言い直していた。

「生まれる」

 店主は三人を眺め、満足そうにつぶやいたが、その言葉は、集中している三人の耳には届かなかった。

(初出:Birth)

伝説のラーメン

  • 2010.12.14 Tuesday
  • 22:24

 伝説のラーメンが岩倉にあると聞いて、俺は叡山電車に乗ってやってきた。

手がかりは一枚の地図と、岩倉という字だけだ。なんだか山の中に赤い点が表示されていて、そこに岩倉と書いてあるのだ。

 大体伝説という言葉からしてうさんくさい。伝説のラーメン? ラーメン伝説?

てか、お前さ、なんだよ伝説って、俺が聞くと、伝説は伝説だよ。誰もたどり着けないから伝説なんだ、と、友人Mは言った。地図を手に入れただけでも超貴重なんだから。俺、ちょっと探したけどよくわからなかったから、 お前行ってきてよ、と地図を託された。

 で、そのラーメンはおいしいのか、と俺が聞くと、そりゃ伝説だからな、とMが断言したので、俺は伝説のラーメンを探しにここまでやってきたわけだ。

しかし、近くまで来ても何の手がかりもない。通りすがりの住民に聞いても、首をひねられてさあと言われるし、どころか、不審者あつかいだ。

 求めれば得られんとかMは言った。てか、でもさ、そもそもお前さ、求めたけど見つからなかったんだろう。言ってること矛盾してないか? よく考えたら、Mは、伝説だからなとは言ったけれど、おいしいとはひとことも言わなかったじゃないか。

 だまされた、と俺は思った。Mに電話しようと思ったら圏外だった。メールが一件、Mからだった。見つかったら連れてってね、だった。他力本願すぎる。

 随分長い間歩いている。だんだん本格的にさみしくなってきた。人ひとり見当たらない。田んぼばかりだと思ってあるいていたのに、いつのまにか山の中に入っていた。強い風が吹いてきた。目にゴミが入る。何だか本当にこんなところにラーメン屋があるのか、というかそもそも、俺はここまでしてラーメンが食べたいのか。何のために山の中を歩いているのか分からなくなってきた。

 足元はぬかるんでいるし、汗は出るし、やぶ蚊は飛んでいるし、こんな状態でラーメンを食べてもおいしいわけがない。

 ばかばかしい、もう帰ろう、と思った瞬間、ごうっと強い風が吹いた。熱風だった。ぱちぱちと音が聞こえて、あたりは火に包まれていた。山火事だった。とんでもない。かちかち山かよ。俺は、避難できる場所を探して、あたりを見回した。風が強いからあっという間に火に包まれてしまう。

 そのとき、山肌に岩と岩の隙間をみつけた。人がひとり通れそうな隙間だった。覗くと中が空洞になっていた。その中なら火を逃れられるかもしれない。その中にオレは体を横に曲げながら、滑り込ませた。

 中はひんやりとして涼しかった。外は火でごうごうと燃えていた。火の明るさで中の様子が見えた。何だか、大きな袋がつみあがっていて、倉庫のようだった。何でこんなところに倉庫があるんだろう。一体何が入っているのだろう。俺は、袋をやぶって取り出してみた。

 レトルトの袋ラーメンだった。

 てか、岩の倉庫に袋ラーメン。

 岩の倉? 岩倉。

 俺は作者の強引なオチにためいきをついた。岩倉のラーメン? よし、それは許そう。

 で、どこが伝説なんだ。俺は袋ラーメンを裏返した。不燃性と書いてあった。

業界初!なんと、このラーメンは燃えません!非常食にぴったりです。

 俺は、倉中に積みあがった袋を見上げると、片端からそれを岩の外に投げ出した。燃えないラーメンは灰になることなく、炎の中でいつまでもビニール袋をてかてかと輝かせていた。

<了>

(初出:第1回N-1グランプリ/お題「灰」「ラーメン」「岩倉」)

公園おじさん

  • 2010.12.05 Sunday
  • 21:28

 その小さな公園は誰にでも開かれていた。夜明けとともに小さなスズメたちが飛んできて木々を占領し甲高い声でさえずった。朝は若いジャージ姿の男性がランニングを始めるための準備運動をした。やがて小さな子供たちをつれて遊びに来る母親たちの話し声でにぎやかになり、昼になるとお弁当を持ったスーツ姿の女や男がどこからともなくやってきた。

 公園の緑はいつも丁寧に手入れされ、芝生の上にはタバコの吸殻ひとつ落ちていなかった。トイレも気持ちよく磨かれていた。ひとりの老いた清掃夫がいつもきれいにしているのだ。彼は、みんなから、公園おじさんと呼ばれて親しまれていた。

 公園の真ん中には背の高い時計があった。何の変哲もない時計だったが、公園に訪れた人たちはよくそれを見上げた。居心地のいい場所だから、時計を気にしていないと、ついつい長く居すぎるのだ。

 時計が止まっていることに最初に気がついたのは、ひとりの若い事務員だった。公園でお弁当を食べて、まだまだ昼休みの時間はたっぷり残っていると思ってのんびりと会社に戻ったら既に会議が始まっていて、上司にどやされた。

 夕方に来た小学生たちは、時計をひとめ見るなり今日は使い物にならないことを判断した。時計は0時半を指したままだった。

 公園おじさんの死体を最初に発見したのは朝一番に訪れたジャージの男だった。あっという間に公園は赤いランプの車に取り囲まれ、ものものしいロープが貼りめぐらされた。黒い制服の男たちが、靴を鳴らしながら歩きまわった。

 調べるまでもなかった。時計の横に高い脚立が置いてあった。警察官は自分の腕時計を見て、それから公園の時計を見上げた。どちらもちょうど6時を指していた。昨日は0時半で時計が止まっていたという近所の人の証言があてになるとしたら、公園おじさんは、時計の電池を交換して時計の針を直したあと、誤って落下したのだ。

 公園を愛していた人たちが集まって、時計に花をたむけて悲しんだ。

あんな危険なことまで彼にやらせるなんてひどいじゃないか、と誰かが涙ながらに言った。その場の誰もがそうだと声を挙げた。公園おじさんは、おじさんと呼ばれていたけれども、もうかなりの老人で、高い場所にある時計の電池を変えるなんて無茶な仕事だった。彼を雇っていた公園の管理者に抗議しましょうよ、と若い母親たちが声を挙げた。

「やつを雇っていた人間なんて存在しない」

 公園おじさんと同じくらい老いた男が、ぼそりと言った。

「やつが全財産を投げ打って公園を作ったときは、馬鹿なことをするなと俺も思ったさ、 と、でも、自分が手入れした公園にいろんな人が集まってくつろいでいるのを見るのが何よりの楽しみだったみたいだな。あいつは、公園と結婚したようなもんだ」

 

<了>

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